2025年8月20日

人生の選択に「正解」や「失敗」とラベリングなんてできるのか? エンジニアにしはらちひろさんが教えてくれたこと

  • 執筆 : 小池真幸
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  • 写真 : 藤原慶
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エンジニアにしはらちひろさんへのインタビューから改めて感じたのは、つまるところ人生の選択に「正解」や「失敗」なんてない、ということでした【インタビュー編集後記】。

「転職して正解だった」「あの結婚は失敗だった」……私たちは人生でさまざまな大切な「選択」をして、ときに後からその選択を振り返って「正解」や「失敗」というラベルをつける。

しかし、よく考えれば当たり前のことだが、何が「正解」かどうかはじぶんが何を大切にしているかどうか──たとえば、仕事の内容なのか、給料なのか、あるいは働く環境なのか──によって大きく変わる。さらに、若手で独身の頃はとにかくできる限りの時間を割いて仕事に全力投球していた人が、結婚し子どもが生まれてからは家族と過ごす時間を仕事と同じかそれ以上に大切にするようになることも珍しくないように、同じひとりの人間の中でも、その判断軸や価値観は時間が経つにつれ変わっていく。

そう考えると、キャリアの選択における「正解」や「失敗」といったラベリングが、いかにして曖昧で根拠のふたしかなものなのかがあらわになってくる──そのことを筆者自身、強く実感させられたのが、エンジニア・にしはらちひろさんへのインタビューだった。

アパレルからエンジニアに転身し、数社で実績を積み重ねたのち、現在はSmartHRで新たな専門職「CRE」の確立に注力するにしはらさん。その半生は、月並みな表現にはなってしまうが「紆余曲折」、いやもっと言えば「壮絶」そのもの。

エンジニアへの転身はもちろん、エンジニアとしてのキャリアもつねに新たな試行錯誤を重ねながら、次から次へと降りかかる困難──たとえばワンオペ育児で心身が限界ギリギリまで追い込まれてしまったり──に一つひとつ対峙しながら、「生来のダメもと精神」で道を切り拓いてきた。さらには、乳がん闘病という「青天の霹靂」まで降りかかるも、その経験をバネに新たにCREにかかわる活動へと踏み出す。

多分みんな同じことを言うと思うんですけど、まさか自分が病気になるなんて思っていなかったので。なるときは突然なるものなんだな、というのを実感しました。自分はたまたま発見が早かったから元気だけれど、もしあのとき発見されなかったらどうなっていたか。今元気に働けていたり、普通に生活ができていたりするのは、本当にたくさんの偶然が重なってできていることなのだと改めて思いました。

それからは、やりたいと思ったらすぐにやらないとダメだと思うようになりましたね。これまで、「小さい躊躇」をたくさんしていた気がするんです。この勉強会は子どももいるし今度でもいいかなというような。でも、明日もあるとか来年もあるとか思っていたら、その明日はやってこないかもしれない。もともとダメもと精神で動くタイプではあったんですが、それからはより一層、そういうことを考えるようになりました。

(中略)

病気をしていなくても、いずれやっていたことかもしれません。でも、病気の前は「会社を説得して部を作るなんて難しそうだな」「そういうのって苦手なんだよな」とか、言い訳しているところがあったと思うし、病気になったからこそ「どうにかして作ってやる!」という気持ちになれた気はします。

それだけ聞くと、「常人にはないバイタリティのある特別な人なんだな」という印象を抱くかもしれない。しかし、そうではない。

インタビューの各所で出てくるように、乳がんの例を挙げるまでもなく、にしはらさんは人生の局所局所で、かなりハードで心折れそうな状況にも置かれている。ただ、にしはらさんは他の人であれば「失敗」と捉えてもおかしくなさそうな経験であっても、そうしたラベリングを貼ることをしない。

「あのときこうしておけばよかった」という思いは確かにたくさんありますよ。でも「人生でやり直したいところはどこですか?」と聞かれたら、自分の中ではあまりないなって。なぜって、やり直すと今がなくなってしまうから。これまでの一個一個の間違った選択も、そこで間違ったからこそ、今につながっているわけで。本当にそうしてしまっていたら、絶対に今はないわけですよね。

さらに「結局は気持ちの問題」とまで言い切る。ともすると行き当たりばったりと思ってしまう可能性もあるような言葉だが、その半生での紆余曲折を経たにしはらさんから発されると、大きな説得力や重みを帯びてくる。つまるところ、人生の選択に「正解」や「失敗」なんてないのだということが、単なる思考の放棄ではなく、むしろ思考の集積の結果としてあるのだと、にしはらさんは教えてくれる。

最近は「結局のところ、自分の気の持ちようなのかな」と思っているところもあって。自分が気落ちしているときには最悪に思えたことでも、自分が元気に、楽しく、「明日はないかもしれないから全力で生きる!」となってからは、楽しく捉えられているような気もするから。

病気を経て、いろいろなものに参加したり、ポジティブに動いたりするようになってから、エンジニアとしてのキャリアもだいぶポジティブに進んでいる印象があるんです。「エンジニアとしてこうなりたい!」「だからこう動こう!」みたいな強い気持ちに従って動いているわけではないんですけど、自分が楽しくやる、全力でやると思って行動するようになったら、エンジニア人生がいつの間にかポジティブなものになってきているなあって。

(中略)

それこそ立ち上げたかったユニットが立ち上がったりもしたし、任されることが増えて、技術的な新しい情報が自然と入ってくるようにもなったし。人とのつながりも新しく生まれて、組織を超えた新しい動きにもつながっている。改めて振り返ると、そのように感じるんです。

悩んでいる人からしたら「そんなふうになんて考えられないよ!」と言われてしまうかもしれないですけど。すごくベタですが、結局「気持ち!」みたいなところはあるのかなって。何周も回って、最近はそこに落ち着いている気がします。

ちなみに、今回の撮影は、にしはらさんが「GMOと一緒になる前の、くまポンのシステム開発を請け負う会社」で働いていた頃に通勤していた思い出の地、渋谷の桜ヶ丘エリアで行なった。ここ最近、Shibuya Sakura Stageを中心に一気に再開発が進んでいるエリアだが、それゆえに未来都市のような雰囲気が醸し出される写真を撮ることができた。そして何より、紆余曲折の末に「結局『気持ち!』」という境地にたどり着いたにしはらさんの、自信と矜持が写真からもにじみ出ており、「人生の選択に『正解』も『失敗』もない」ということが、その表情からも伝わってくる。

執筆 : 小池真幸
写真 : 藤原慶